あれこれしている間に
10月も半ばですね。
週末の東京は冷たい雨が降ったかと思うと
きょうは夏日。
気まぐれ天気が続いていますね。
ところでみなさま、今欲しいものはありますか。
わたしは、心の平穏です。
毎回、この話も
どうかしらとも
思うのですがまたまた妊婦話を
失礼いたします。
(※ご注意:以下は長くかつ、
かなり私的な話題です、
お急ぎの方は飛ばしてくださいませ↓)
◇
ただでさえ、感情の起伏の激しい
自分をもてあまし気味の私ですが
この数ヶ月の感情の上がり下がりの
ジェットコースター状態には
ちょっと戸惑い気味です。
「ホルモンバランスのせいだ」
ということにしていますが
(実際そういう面もあるようですが)
つわりで体調激悪だった・・・というのをさっぴいても
とてもハッピーな日もあれば
ブルーに沈む日もあり
もともとおおざっぱの癖に
意外なほど神経質になったり。
やたら人恋しくなったり。
そして、そういう精神状態の不安定さを
掘り下げていくと
これから仕事と子育てどうしよう?
というわりかし普遍的なテーマに
行き当たるのでした。
よく配偶者とも話すのですが
社会人になってからというもの
ほんと、仕事しかしてこなかった。
というか、仕事さえしていればよかったので
そりゃ、キツイ日々も悩むこともありましたが
ある意味、とっても楽ちんだったのですね。
そもそも男女雇用機会均等法の施行から
四半世紀を経た2011年。
わたしは2000年の就職氷河期入社で
日本の好景気の味こそ
知らない世代ではありますが
「女子だから不利」と
思ったことがほんと、なかったのですね。
周囲がどうみていたかはさておき
勉学も就職も仕事も
男女の区別はあれど差別された
覚えはまず、ない。
むしろ若くて女子だとある種
マイノリティのため
顔を覚えてもらいやすい、
警戒されにくい
といったメリットを感じるぐらいだった。
(※脳天気だったという指摘もありましょう)
近い年代の女性記者や
違う業界の知人女性たちと話しても
たいがい、その点は
のびのび仕事しています。
入社すぐに配属された支局時代から
夜回りも朝駆けも事件現場の取材も
警察幹部取材や飲み会も
疲れ果てたら記者クラブの雑魚寝も
女だからととくだん加減はなく
同業他社も含めた男性たちと
仲間としてやってきたつもりなのでした。
それは結婚しても
転勤しても30代に突入しても
変わりはなかった。
ところが。
ひとたび、妊娠してみるとですね。
これからは男性とまったく同じように
仕事をすることはどうやらできない。
少なくとも、配偶者に
「わるい、今忙しいから今回は
産んどいて」といいうわけにはいかない。
「わたしって女だったんだ」と
しみじみ、つくづく思ったのです。
小学生以来のロングヘアで
メークやファッションに勤しみ
女子会を励行し
恋愛、結婚と経てみて
女子を満喫してきたつもりでも
少なくとも仕事の上では
男子となんら、変わらぬつもりで生きてきたことに
今さらながら、気づいたのでした。
これが、たとえば男女雇用機会均等法世代や
それ以前のパイオニア世代の女性だと
まったく違います。
マスコミに限らず
「女性は男性の10倍やって初めて一人前」
「同期の女性はバタバタやめてもう残っていないわ」
「はじめから男性と女性の仕事は違っていた」
という話を公私含めて
何人もの方からお聞きしました。
ある意味、常に女性ということを
仕事の上でも意識せざるを得なかったということでしょう。
わたしのように
とくに意識せずに仕事をできているというのは
制度的にも社会的にも
恵まれた環境にあることに他ならない。
ただ、恵まれているがゆえの
覚悟のなさというか
慌てぶりが
わたしには出たようです。
(※もちろん、出ないひともいる!)
◇
担当している経産省がまさに
エネルギー政策や原発問題、TPPなど
これからやっと本格的に動き出すときに
離れることになるのは
後ろ髪が引かれる思いですし
取材先の方に「それはそれは、おめでとうございます」
と言われても
共にこの問題を追えない寂しさにどうしても
襲われてしまいます。
そして復帰後
いまとまったく同じような仕事の仕方はできない。
そのときにどうしていくのか?
という辺りも、くすぶっている。
また、ときに男性から無邪気に
「20代なら職場で戻る場所も
いろいろあるだろうけど
30代で出産だと戻ってから難しいね」
などと言われてしまうと
「20代でまだ一人前にもなっていないのに
いま出産、子育てとブランクができてしまうと
戻って使いモノになるのか??」
という思いで働いてきた、あるいは
働いている女子たちから刺されますよ?
と思いつつ
「はあ。まあ、30代で産んで仕事されている
先輩方もたくさんいらっしゃいますので・・」
などと幼稚園児の
「みんな持っているからあのオモチャが欲しい」
ぐらいの説得力のない受け答えしか
できない自分をふがいなく情けなく
思ったりしたものでした。
そんな中も
赤ちゃんはすくすくお腹で育ち
めでたい嬉しいありがたいはずの時期に
この「自分のことばっかり」にとらわれる
じぶんの小ささにもびっくりです。
こうした話を同じく
同年代の産休中の友人と話すと
「わかるわかる!同じ気持ちになった!」となり
すでに子育て中の知人と話すと
「そんな日々もあったわね、ふふふふ」となる。
すでに子育て終えていたり
むしろお子さんのいない女性からは
「そんなの気にしてたら何にもできないじゃない」と
しごくまっとうなことを言われて
「そうですよね。なんで私、こんなに
イジイジしているのでしょう」と、はっとしたりする。
そんな中、考えるのが
妊娠しても、していなくても
生涯、子供をもつことがなかったにしても
女性は産む性であるという点から
良くも悪くも切り離せない、という点です。
その辺を
無視するのではなく
受け入れた上で、
おおらかに生きていくことはできないものか・・・。
そんなぐるぐるしていた日々が
何とな~く吹っ切れたのには
いくつかのきっかけがありました。
※あまりに長いので続く。
by carpediem
新しい年に。