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新しい年に。

2012/01/03 11:39

 

 

 いよいよ2012年のスタートですね。

 いろんなことがリセットせざるを得ない

 局面に来たような

 2011年も兎に角は過ぎ

 今年はどんな一年でしょうか。

 

 

 信じて心に描いたことは

 実現すると思っています。

 今年もいろんなことが

 あるでしょうけれど

 明るく強い気持ちを持ち続けて

 一日いちにちを大切に

 生きたいですね。

 

 

 

 

 などと余裕でブログを書いたりしていますが

 予定日の元旦を過ぎ

 お腹の子はただ今のところ

 まだ、お腹におります!

 自分のペースで

 歩むつもりのようですので

 そのあたり、

 なるようになると覚悟する次第ですよ。

 

 

 少子高齢化社会観察・考察の

 あれこれと

 ライフワークの

 男子女子論を継続しつつ

 新たな世界の広がりに

 ドキドキしたいと思います。

 

 みなさまのよりよい一年を 

 お祈り申し上げます。

 

 

 それではまた!

 

 

 

  

カテゴリ: マネー・経済  > アジア経済    フォルダ: 母国

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幸せの〝スペック〟について。

2011/12/15 09:49

 

 

 

 おはようございます。

 めっきり寒くなりました。

 

 ことしの漢字が

 「絆」に決まったというニュースが

 ありましたね。

 そういう気分は

 実際にあるのだろうけれど

 「絆・消費」「絆・商戦」

 「今年のクリスマス・売れ筋は絆」という

 ふうに乱用されると

 なんとなく安易に感じて

 「実際のところ、どうよ」

 という気持ちになってしまう

 天の邪鬼な今年の師走です。

 

 というのも、一つのキーワードで

 時代やモノゴトをくくりたがるのは

 マスメディアの性分。

 さんざん自分も

 それでご飯を食べてきたからに

 他ならないのですが。

 

  

 

 

 ところで先週、今週と

 友人知人の結婚披露宴が相次ぎます。

 (出産のため里帰り中の私は

 涙を呑んで失礼させていただいます・・)

 

 何かと慌ただしい師走の式について

 「いろんなことがあった2011年中にー」

 という話を聞くと

 やっぱり今年は日本人にとって

 忘れられない年に

 なったのだと思います。 

  

 あれだけの人が亡くなり

 まちが破壊され

 電気が消えて

 ありふれた日常のはかなさを

 思わずにいられなかった今年。

 そして原発事故による

 エネルギー問題の見直しは

 成長経済そのものに

 疑問を抱かせることになりました。

 

 一個人に立ち戻って

 これからの人生に

 思い及んだとき

 「自分にとって

 ほんとうの幸せってなんだろう」

 考えたひとは少なくないのでは

 ないでしょうか。

 

 

 ◇

 

 

 かつて

 勝ち組」「負け組という言葉を

 我々マスメディアは濫用しましたが

 震災以降は

 以前ほど見かけません。

 (おふざけ的には使うけど)

 これは個人的には

 そもそも「気分じゃなくなった」

 というのが大きいですが

 もう少しいうと

 当時の「勝ち負けの基準」

 本格的に吹っ飛んでしまった

 ということがあるのではないかと思います。

 

 勉強して〝いい大学〟に入って

 〝一流企業〟に勤めて

 結婚して家庭をもち

 マイホームをローンで買い

 子供を2人ぐらい育てながら

 さらにその子供も

 〝いい大学〟に入れて

 安定した生活を用意しつつ

 老後資金を貯めるー。

 

 という行動により

 「幸せ」が保障されていた時代は

 震災前から

 終わっていたことでしょう。

 

 そしていまや

 JALも東電もオリンパスもああいう状態で

 日本経済が右肩下がりで

 「一流企業」とは何か。

 大学全入時代、慢性的な就職超氷河期で

 「いい大学」ってなんだ。

 結婚が当たり前でない時代

 子供をもつことが当たり前でない時代 

 国民年金制度が

 破綻している時代に

 「家族」「老後」が同じ姿であるはずもない。

 

 

 既存の価値観が揺らぐ

 さなかに

 大震災が起きて

 それまで抱いていた日常の

 「不満」や「閉塞感」すら

 贅沢だったのかもしれないという

 ところまで行き着き

 何か価値観のリセットのようなものが

 多かれ少なかれ

 起きたのではないでしょうか。

 

 

 かくいうわたしも

  「そもそも、何が勝ちで

 何が負けなんだ。というか

 勝ち続けるってあるのか」

 という根源的なところから

 仕切り直しの気持ちになりました。

 

 

 ◇

 

 

 日本が好景気に沸いた

 バブリーな時代前後の語録をひもときますと

 「高身長」「高収入」「高学歴」が

 女子たちの結婚相手に望む条件・・・と

 いう逸話がありますね。

 これはもう、あからさまに

 分かりやすく単純化され

 その単純さゆえに話題になったのでしょう。

 

 ただ、 

 これを今言う20代、30代を

 わたしはまず見たことがありません。

 むしろ

 「仕事があって借金がなくて

 DVとかない、まともな人ならいい」(女子)

 「子育てに協力的で

 共働きできるなら

 収入は自分より少なくてもかまわない」(女子)

 「いまから子供もてる年齢なら

  けっこう年が離れていても気にしない」(男子)

 というざっくりした意見は決して珍しくない。

 

 「高収入、高学歴・・」のような

 相手に求める

 スペック(性能)が

 変わった、という見方もあるでしょうが

 私が思いますのは

 そもそも幸せになるための

 スペック集め

 にあまり意味がなくなったのではないか・・・

  ということです。

 

 

  誰もが納得して

  自慢できるスペック集めの前提には

  誰もに通用する

  共通の価値観が前提ですが

  そんなものがそもそも

  非常に曖昧で

  よくわからなくなっている。

 

 

  「高学歴」「仕事」

  「趣味」「広い人脈」

  「結婚」「子供」「マイホーム」

  「出世」「貯金」・・・といった人生〝スペック〟の数々。

  何かをもっていれば幸せで

  もっていないほど不幸という

  単純構図が信じられるほど

  お気楽でないというか。

 

  

  となると、

  食べていく仕事と

  大切に思える誰かが

  (家族でなくても人間でなくても)

  一人でもいればいいぐらいの

  ミニマムな部分さえ押さえていれば

  あとはもう、人それぞれであるような。

 

   

  というのも、

  わたし自身が

 「幸せの条件とは何か」

  ものすごく求めてきたタイプなのですが

  何を手に入れたところで

  悩みや問題はつきものであるわけです。

  

  

  スペック集めに

  躍起になればなるほど

  なんとな~く

  疲れていた自分を振り返った

  2011年だったのでした。

 

 

  ※予定日前倒しでなければ

    おそらく、つづく。

  

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリ: マネー・経済  > アジア経済    フォルダ: 時代考。

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ニッポンの「老人偏差値」

2011/12/04 09:29

 

 

 

   

 寒さが大の苦手の私ですが

  実は雪国生まれです。

  そして今年の冬は

  この厳寒の地で過ごすという

  高校卒業以来の

  異例の事態を迎えています。

 

  なぜならば、里帰り出産を選んでしまったから。

 

  話せば長くなりますので

  詳細は割愛。

  いくつかの事情が重なってこうしました

 

  ところで

  前にこのブログでも書いた気がしますが

  雪国生まれだからこそ冬が苦手。

  という人は少なくないと思います。

  というのも

  雪国に「白銀の世界、レジャー、

 日本昔話のような

 ニッポンの冬」

  といったロマンを抱いているのは

 

  雪の降らない地域で

  育ったひとが圧倒的多数で

 

  雪国に暮らすひとにとって

  雪というのは  

  たいていの場合、

  黙々と堪え忍ぶか

  立ち向かうべき

  生活の重荷に他ならないからです。

  

 (と、冬嫌いのわたしは思っている)

 

  マタニティブルーなのか 

  雪国鬱が入っているのか

  暗くて寒くて湿度の高い故郷のまちを

  重たいお腹を抱えて歩いていると

  けっこう、テンションが下がります。

  そしてそんな低い気分に加え

  ひしひしと感じるのが

  加速する地方の高齢化です

 

  

  かつて繁華街だった

  市の中心部は完璧に空洞化し

  シャッター街と成り果てている。

  若者や子育て世代は

  大型駐車場を備えた

  郊外のショッピングモールに持って行かれ

  高校時代に愛用した喫茶店や

  洋服屋さんのあったアーケード街はガラガラです。

  子供の頃に眺めるのを楽しみにしていた

  洋菓子店のショーウィンドウは

  品数が閉店セールのような寂しさ。

  まちの映画館も当然、閉館。

 

  かつての繁華街を歩くのは

  仕事をしておらず

  車の運転もしない高齢者が

  圧倒的に多いのでした。

  当然、そんな商店街の後を継ぐ

  若者も少なく

  お店のひとも高齢化。

  

  車の運転がただいまできない私は

  運転してくれる人のいない

  ウィークデイは

  市バス利用者ですが

  通っている産婦人科のある

  市の中心部に向かうバスの

  平均年齢はもの凄く高く

  30代の私ごときでは

  下げようがありません。

  

  

  さらには

  高齢者割引パスを持っている

  おじいさんおばあさんにも

  バスの乗車順番を譲られるという

  うっかりぶり。

 

 大きなお腹を見て気遣ってくださる

  田舎のひとの優しさとはいえ

  「これでよいのか?」と

  自問自答するきょうこの頃です。

 

 

  都会における

  見ず知らずの人には

  できるだけ関わらない態度

  すっかり慣れきっているわたしは

  突然話しかけてくるお年寄りに

  ぎょっとしたり

 

  ぼんやりしているせいで

  うっかり席や順番を譲られたりと 

  ボケボケしているのですが

  ふと、気づいたことがあります。

 

  それは…

  

  「わたしから見て

  十分なお年寄りでもひょっとして

  この土地ではさほどお年寄りではないのでは?」

  ということです。

   

  つまりですね。

  平均年齢75歳のバスにおいて

  65歳の人は比較的若く

  「老人偏差値」は低いわけですよ。

  というかむしろ

  お年寄りではないわけですよ。

  

  ですから

  「そんな!臨月妊婦とはいえ

   お年寄りに順番を譲られるとは!!」と

  衝撃を受けたわたしですが

  その譲ってくださった方にしてみれば

  「お年寄り感覚」

  あまりなかったのかもしれない、という。

  

  高齢化の進む地方都市で

  50歳はぴちぴちで

  60歳もまだまだ働き手。

  70歳でようやく年が締まってきて

  80歳でお年寄り 

  90歳でようやく敬老に値する…というような

 (以上、イメージトークですが) 

  偏差値分布になっているのでは?

  と、思いをめぐらせてしまったわけです。 

 

  思えば60代の母も

  80代、90代の高齢者の介護施設

  月に何度かは傾聴のボランティアに

  行っています。

  子供の頃には

  62歳女性なんておばあちゃんだと

  思っていたのに。

 

  老々介護の時代

  地方過疎化の時代

  さらに進む世界一の高齢社会ニッポンの  

  超高齢化。

 

 いまでこそ人ごとのように

  語っている私ですが

  地方で起こっていることは

  人口減少でやがて都市部にも起こります。

 

  私が60代、70代になったころ

 (どこに住んでいるかは不明ですが)

  日本の高齢化率は40%超と推計されています

  恐らく70歳ぐらいの

  老人偏差値はさらに下がり

  まだお年寄り扱い

  敬老待遇はしてもらえないのでは…と

  漠然と思います。

 

  その頃に「お年寄り」の概念は

  今とは全然、

  別物になっているのかもしれません。

 

 

 

 

  などということを

  曇天の雪国で考える

  今年の師走です。  

  

 

  

 

 

  

  

  

  

  

 

  

   

    

 

 

 

  

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大人になるのが遅い国。

2011/12/01 12:16

 

 

 

 じわじわ年末が近づいていますね。

 そろそろ慌ただしい師走気分が

 盛り上がる頃でしょうか。

 ニッポンの忘年会シーズンが

 恋しい産休ライフのこの頃です。。

 

 妊婦生活でもっとも

 おもしろいことの一つに

 胎動というものがあります。

 お腹の子が

 大きく大きくなってきたこの頃では

 何というか、エイリアン一匹

 お腹に飼っているようなもの。

 

 母体の食後は血糖値が上がるためか

 ハイテンションになるらしく

 決まってうねうねぼこぼこと

 全身運動が始まり

 少し気持ちが悪くなるほどですよ。

 

 さらに、夜中にふと目が覚めると

 (妊婦はよく目覚める。)

 お腹の子は夜中でも 

 一人で活動しているらしく

 お腹にかかとがぐぐーっと

 浮き上がっていたりします。

 (これをおもしろがってつかむと、素早く引っ込む)。

 

   わたしが

 横向きに寝ると

 胎内が部分的に狭くなるのか

 ボコボコボコっと

 素早い蹴りを入れてくるのも

 何かしらの自己主張を感じるこの頃です。

 

 

 さらに、妊婦検診では衣服を

 まくり上げてお腹を出して

 医師のエコーなど受ける訳ですが

 ひんやりした超音波の機器があたると

 なにかしら違和感があるのか

 「これを蹴落とせ!」

 ばかりに

 キックや全身運動が始まり

 激しく動き出すのでした。

 

 

 

  ※思えばこれも10日前のおなかで

 さらにわたしは巨大化。

 

 ◇

 

 

 ところでそんな年末

 周囲の30代でばたばたと結婚ラッシュです。

 12月に結婚式が2件

 11月で結婚報告が4件

 おめでた報告も合わせると

 さらにあって

 ライフイベント目白押しの30代を実感しますよ。

 

 思えば20代後半に

 第一の結婚ラッシュがありました。

 やたら披露宴が続き

 「さいきん、ご祝儀貧乏だよ~」

 「こっちも結婚して元とらないと~」

 などとベタな会話を繰り広げたものでした。

 やはり30歳目前に男女ともに

 一つの区切りを迎えるのでしょうか。

 

 

 そしてただいま30代前半から

 (同級生は今年、33~34歳)

 ちょい上の30代後半世代が

 だだーっと第二の結婚ラッシュ

 とくに女性は男性よりも

 出産年齢のリミットが早いため

 子供をもつことを考えるのであれば

 決断の時期といえましょう。

 その辺りにこだわらないのであれば

 別に、結婚はいつでもよい

 と、思うのですが。

 

 

 という話を最近

 50代前半女性(既婚・子供は高校生・兼業主婦)

 の方としていましたら

 「今の40歳って、昔の30歳ぐらいの感覚よね」と

 言われ、なるほどと思うと同時に

 「かつての30歳ってそんなにオトナな年齢だったのか」

 と、少しギョッとしました。

 

 よく、現代人の自覚年齢は「実年齢8がけ」

 などと言われますが

 今や40歳で結婚や初産て、何も

 珍しいことでもなくなりましたね。

 (とくに都会。故郷の北陸などでは

 まだけっこう珍しいかも)

 

 いまの40歳=かつての30歳過ぎ

 かどうかは

 さておいても

 ライフイベントのいろいろを

 執り行う覚悟を決める年齢

 じりじりと遅くなっているのは

 間違いないでしょう。

 

 

 そう思うと

 今の日本は大人になるのが

 遅い国であるよと思います。

 

  

 「大人になる」とは

 まあ、いろいろな定義があると思いますが

 法律的な成人の20歳はとは別に

 現実的に考えると

 決断をする

 ということではないかと、最近は考えます。

 

 この決断を迫る世間の声

 めっぽう小さくなっているため

 わたしたちは

 決断をする=オトナになる

 ことを急ぐ必要はなくなった。

 

 決断をする、というのは

 何を取り

 何を手放すかを

 決めるコトであると思いますが

 それが

 「もう、いい加減決めねば」と

 自分が思うまでしなくてもよくなったのが

 現代日本であるような。

 

 

 などと、

 やっぱり自分としても

 30代で産むということになった

 (20代という選択肢は

 とにかく当時はなかったなあ・・)

 お腹をさすりながら

 考えるこの頃でした。

 

 

 

 

 

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産休女子とリタイア男性。

2011/11/11 10:23

 

 

 めっきり寒くなってきましたね。

 体調など崩されていませんか。

 世はTPP参加表明で揺れていますね。

 わたしは明確にTPP参加賛成派ですので

 コメ、酪農などの一部農家は別として

 (こちらは所得補償が必要)

 反対派のさまざまな

 「もしこうなったら・・」的な

 想像力たくましい反論にひるまず

 決断してほしいと思います。

 

 が、10月ぎりぎりまで議論を盛り上げなかった

 政府のやり方は、

 根回しが圧倒的に

 足りないのは間違いなく

 うまくはないなあ、と思います。

 

 ◇

 

 そんな中(?)

 わたしは妊娠9カ月に入り

 ばっちり産休を頂いております。

 「産休に入ったらやりたいことリスト」に従い

 

 区役所で主に育児関連の質問

 日頃会えない友人との会合

 保育園見学、

 保険、住宅ローン関連の調べ物

 徹底的な家の掃除

 配偶者のお弁当づくり

 ママ先輩からのレクチャー

 新生児関連の買い物

 その前段としてのいらないモノ処分

 日頃できない分野の勉強・・・などを

 片っ端から決行したのでした。

 

 が

 何事もやり過ぎてしまう私の常として

 身重の身体が疲れてしまい

 お腹の張りが激しくなり

 「このままでは早産の危険ふたたび」

 の診断となり

 厳しく安静を言われてしまうという

 ペース配分のできなさ

 (↑ 本当に欠点)を

 露呈してしまったのでした。

 

 

 最近はどうにか

 落ち着いてきてですね

 ゆったり過ごすことにも

 慣れてきたのですが

 それでも思いますのが

 「社会に属する限り消費だけでは

 人間は空しいのだなあ」

 ということです。

 人間は社会から安全や居場所や

 物通や福祉やもろもろ

 サービスを享受する以上

 労働や勉学やボランティアや子育てなど

 何かを提供する作業をすべきだし

 して初めてバランスを、保てているのですね。

 

 となりますと

 産休はやがて子育て期や

 子育て&労働期に

 突入することが前提とはいえ

 ただいまの期間は

 「元気だけど働いていないオトナ」

 という立ち位置が

 ヒマというか中途半端というか

 落ち着かなさを感じてしまう

 小人物な私なのでした。

 

 では、専業主婦のみなさまはどうなのか。

 と思いあたり

 専業主婦である友人やうちの母などに

 聞いてみますと

 これが結構、忙しいのです。

 

 まず20代、30代は子育てに奔走。

 幼稚園の送り迎え、乳飲み子の世話、

 サッカーや水泳や英会話やお受験クラスなど

 習い事の送り迎え、子供の病院など

 予定がびっしり。

 子育て終了後の主婦も

 高齢者介護や地域子育て

 点字などのボランティア

 ヨガや絵画、音楽、勉強などの習い事 

 高齢の親の訪問など慌ただしい。

 

 「今はお腹の子を育てるのが仕事なんだから」 

 と、配偶者はじめ

 周囲には言われるのですが

 しかも産休といえば

 有給なわけですが

 習い事やボランティア始めるにも

 中途半端な今、

 こうなると暇なのは産休妊婦ぐらいでは・・・

 という気にもなってくるのでした。

 まあ、家事も極めれば

 もっといろいろいろいろやれるのでしょうけど。

 

 そんな中、

 産休妊婦になってみて初めて

 「その気持ち、分かるかも・・・」と

 思いましたのが街中に散見される

 リタイア男性層ですね。

 スタバやオーガニック系カフェではなく

 サンマルクやドトールといった

 国内系チェーンのカフェ

 なんとなく所在なげに

 夕方の時間をつぶしているのが

 退職後とみられる60代男性です。

 

 わりと身ぎれいで

 どこかまだ「●●会社の●●」といった

 肩書きを着ているような

 空気をまとい

 「時間のある自分」に居心地が悪そう。

 仕事一筋で40年近くを費やしてきた

 となると、趣味でつぶせる時間も

 たかが知れていますし

 家事も恐らく奥様やご家族が担って

 いらっしゃるケースがほとんどでしょうから

 本当にぽつねんとした感じが漂うのでした。

 

 そのうちご隠居生活にも慣れて

 退職後の自分の生活を

 築き上げて行くのだとは思うのですが

 第二の職場を終えてもまだ60代などの

 元サラリーマン男性が

 いつまでも所属や名刺にこだわるのは

 収入ももちろんですが

 「社会の居場所」

 を切実に求めているからではないか。

 と、考えるこの頃なのでした。

 

 (※この点、農家や商家、お寺つまり 

 自営業で一生働ける仕事があるのは

 本当にすばらしいと思います)

 

 主に家庭や地域分野を担ってきた

 女性は前述のように

 「会社以外の生活」を充実させています。

 家事労働は一生続きますし

 子育てなどにより

 地域コミュニティとの

 コミュニケーションやつながりを

 長年かけて築いている。

 仕事ばっかりで家庭や地域を

 省みなかった世代の男性の寂しさを

 共有することはなかなか、難しいでしょう。

 

 

 一方。

 現役世代はだんだんと

 仕事一辺倒ではなく

 子育てや地域社会貢献、

 趣味やボランティアなど

 職場以外の生活を大切にする人々が

 増えていますが、

 これは 何も家族や周囲にとってだけでなく

 自分自身にとって本当に良いことだと思われる。

 

 こうして

 若年世代はライフスタイルのシフト

 すでに直面していますが

 どっぷり会社人生活を送ってきた層は

 (それでよしとされてきた層は)

 ではどうすれば良いのか。

 やはり、一生続けられる仕事

 地域での子育てや介護など

 地域コミュニティへの参加といった

 「なんらかの社会への提供」。

 つまり消費だけに終わらない

 社会とのギブ&テイクの

 ギブ部分を積極的に行うことではないかと思います。

 

 かつての日本には

 地域コミュニティというものがしっかりと存在し

 近所の子供をみるですとか

 地域の互助会に参加するですとか

 近所のひとの相談にのるですとか

 自給自足生活を送るですとか

 「リタイア後の役割」というものが

 あったのでしょうが。。

 

 

 「育休後の仕事と子育ての両立」に

 キリキリしている世代としては

 リタイア後で時間と体力に余裕のある

 オトナが(しかも少子化で孫が少ない)

 散見されるのであれば

 この辺の需要と供給に

 (すでに取り組んでいる自治体もありますがまだ一部)

 なにかもう一つ

 開拓の余地があるのでは・・・と思うのでした。

 

 

 

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つづくよ働く女子と出産問題。

2011/11/01 10:38

 

 

 11月のスタートは

 いいお天気ですね。

 みなさま、いかがおすごしでしょうか。

 

 お腹の子はおかげさまで

 すくすくと成長しております。

 お腹もどんどんどんどんせり出して

 床のモノを拾う

 足の爪を切るが

 尋常ではないぐらい困難になりつつあります。

 

 

 ※大好きなガーベラ。Kちゃん、ありがとう。

 (あ、薔薇も好きです)

 

 まだ顔も見たことのない赤ちゃんは

 お腹の中にいる限り移動の

 必要もないと思われるのですが

 「なにをそんなに動くのか?」

 というぐらい激しく運動することがままある。

 お腹が自動洗濯機ぐらい振動するときなど

 「何を訴えているの?」と

 困惑するばかりです。

 

 同じ場所(胎内)にいて30分ぐらい

 動きっぱなしって・・。

 ジムや部活でもやっていない限り

 普通に生活している大人でも

 なくないですか?

 

 ◇

 

 などと、順調な妊婦っぷりを

 思わせる書き出しにしてみましたが

 「仕事と出産子育て問題」は

 まだまだ継続しています。 

  

 明らかに出産後は、

 今までどおりの仕事の仕方

 (必要とあればいくらでも残業。

  呼ばれたらすぐ出る、行く。

  忙しい時期はまさに寝に帰るだけ)

 は当面、できないと思われる。

 

 子を授かるのは

 嬉しいことですが、一方で

 「出産・子育ては戦力外通告なのか??」

 というモヤモヤした気持ちに

 とらわれてしまった・・・というお話の続きです。

 (※詳細は前回を参考くださいませ)

 

 これは現代日本で

 仕事を続けたい女性は

 多かれ少なかれ、誰しも通る道ですね。

 そして未だに

 『ロールモデルがいない、少ない』という

 声があがる。

 核家族化が当たり前の現代では

 結婚後も親と同居で

 子供をみてもらう・・というケースも

 まれになっていますので、なおさら

 「仕事と子育てどうやって両立するのか??」

 という問題が漠然と立ちはだかるわけですね。

 

 

 私自身、これといった

 正解 があるわけでもなく

 これから実践的に観察・体感していくことに

 なるわけですが

 ちょっと吹っ切れたことには

 いくつかの「考え方の転換」がありまして

 一つは

 とある会社の先輩(男性)に

 

 「子育てに1年、2年忙殺されても焦るな。

 想定外続きの子育てや

 子育てしながらの仕事は

 別の筋肉が鍛えられる。

 それは仕事で必ず役立つ」

 

 と言われたことがあります。

 「これまでどおりに働く」ことばかりに

 こだわっていると

 とてつもなくお金がかかるか

 ほぼ子育てを人に任せるか

 超人的に働くか

 といった苦しい選択肢しかありません。

 ただ、「これまでと違った働き方を受け入れる。

 そのメリットを生かす」という

 発想ができれば、どうにかなる気がしてくるのでした。

 (わりかしどうにかなる、と思いやすい性格でもある)

 

 子育てと仕事の両立が困難と感じたときに

 ①仕事を辞める

 ②お金で解決する 

 ③仕事の仕方を変える 

 ④周囲に助けを求める

 

 といった方法が考えられますが

 人口減少社会で

 増える高齢者の年金制度を支える

 働き手(=納税者)の減少や

 経済成長の低迷が

 深刻化する中、①をみんなが選択することは

 あまり得策ではない。

 

 そもそも、夫の賃金だけで

 子供を2人、3人と育てられる

 家庭ばかりではないでしょう。

 

 ②も世帯を選ぶのは明らか。

 となると

 ③か④を考えたい。

 そもそも私は

 自分の食い扶持を自分で稼ぐ、ということは

 単に経済的問題ではなく

 人間の尊厳や自立の問題でもある

 と考えるタイプです。

 選択肢としての専業主婦は

 もちろん否定しませんが

 (母も主婦でしたし)

 働きたいひとは働き続けられる

 社会であるべきでしょう。

 

 ③、④を実施する中で

 もっとも社会や職場に求められるのは

 「復帰可能な環境」だと思います。

 そして、こうした社会へのシフトは

 女性だけの問題ではないでしょう。

 少子高齢社会で多くの人にとって 

 親の介護は他人事ではありません。

 一人っ子夫婦(2人)の肩には

 4人の親が乗るわけです。

 

 出産や子育て、介護や病気

 あるいは勉強、留学でもいい。 

 仕事の仕方を変えたり、

 一時的に休んだり

 しなくてはならないひとに対し

 寛容でリカバリー可能な社会は

 悪い話ではないはずです。

 

  

 

 ◇

 

 ところで、現代日本は

 それほどまでに

 仕事と子育ての両立が

 難しい国なのか?

 

 妊婦となった私が

 そういったアンテナで世の中を

 眺めてみますと

 これまた、いろいろ見えてきたのでした。

 

 

 

 ※一時、書きかけをアップしてしまいました。

 失礼いたしました!

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

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氷河期世代と産前ブルー。

2011/10/16 15:25

 

 

 あれこれしている間に

 10月も半ばですね。

 週末の東京は冷たい雨が降ったかと思うと

 きょうは夏日。

 気まぐれ天気が続いていますね。

 

 

 ところでみなさま、今欲しいものはありますか。

 わたしは、心の平穏です。

 毎回、この話も

  どうかしらとも

 思うのですがまたまた妊婦話を

 失礼いたします。

 

 (※ご注意:以下は長くかつ、

 かなり私的な話題です、

 お急ぎの方は飛ばしてくださいませ↓)

  

 

 

 

 

   ◇ 

 

 

 ただでさえ、感情の起伏の激しい

 自分をもてあまし気味の私ですが

 この数ヶ月の感情の上がり下がりの

 ジェットコースター状態には

 ちょっと戸惑い気味です。

 「ホルモンバランスのせいだ」

 ということにしていますが

 (実際そういう面もあるようですが)

 つわりで体調激悪だった・・・というのをさっぴいても

 とてもハッピーな日もあれば

 ブルーに沈む日もあり

 もともとおおざっぱの癖に

 意外なほど神経質になったり。

 やたら人恋しくなったり。

 

 そして、そういう精神状態の不安定さを

 掘り下げていくと

 これから仕事と子育てどうしよう?

 というわりかし普遍的なテーマに

 行き当たるのでした。

 

 

 よく配偶者とも話すのですが

 社会人になってからというもの

 ほんと、仕事しかしてこなかった。

 というか仕事さえしていればよかったので

 そりゃ、キツイ日々も悩むこともありましたが

 ある意味、とっても楽ちんだったのですね。 

 

 そもそも男女雇用機会均等法の施行から

 四半世紀を経た2011年。 

 わたしは2000年の就職氷河期入社で

 日本の好景気の味こそ

 知らない世代ではありますが

 「女子だから不利」と

 思ったことがほんと、なかったのですね。

 周囲がどうみていたかはさておき

 勉学も就職も仕事も

 男女の区別はあれど差別された

 覚えはまず、ない。

 

 

 むしろ若くて女子だとある種

 マイノリティのため

 顔を覚えてもらいやすい、

 警戒されにくい

 といったメリットを感じるぐらいだった。

 (※脳天気だったという指摘もありましょう)

 

 

 近い年代の女性記者や

 違う業界の知人女性たちと話しても

 たいがい、その点は

 のびのび仕事しています。

 

 入社すぐに配属された支局時代から

 夜回りも朝駆けも事件現場の取材も

 警察幹部取材や飲み会も

 疲れ果てたら記者クラブの雑魚寝も

 女だからととくだん加減はなく

 同業他社も含めた男性たちと

 仲間としてやってきたつもりなのでした。

 

 それは結婚しても

 転勤しても30代に突入しても

 変わりはなかった。

 

 ところが。

 

 ひとたび、妊娠してみるとですね。

 これからは男性とまったく同じように

 仕事をすることはどうやらできない。

 少なくとも、配偶者に

 「わるい、今忙しいから今回は

 産んどいて」といいうわけにはいかない。

 

 「わたしって女だったんだ」

 しみじみ、つくづく思ったのです。

 

  

 小学生以来のロングヘアで

 メークやファッションに勤しみ

 女子会を励行し

 恋愛、結婚と経てみて

 女子を満喫してきたつもりでも

 少なくとも仕事の上では

 男子となんら、変わらぬつもりで生きてきたことに

 今さらながら、気づいたのでした。

 

 

 

 

 

 これが、たとえば男女雇用機会均等法世代や

 それ以前のパイオニア世代の女性だと

 まったく違います。

 マスコミに限らず

 「女性は男性の10倍やって初めて一人前」

 「同期の女性はバタバタやめてもう残っていないわ」

 「はじめから男性と女性の仕事は違っていた」

 という話を公私含めて

 何人もの方からお聞きしました。

 ある意味、常に女性ということを

 仕事の上でも意識せざるを得なかったということでしょう。

 

  

 わたしのように

 とくに意識せずに仕事をできているというのは

 制度的にも社会的にも

 恵まれた環境にあることに他ならない。

 

 

 ただ、恵まれているがゆえの

 覚悟のなさというか

 慌てぶりが

 わたしには出たようです。

 (※もちろん、出ないひともいる!)

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 担当している経産省がまさに

 エネルギー政策や原発問題、TPPなど

 これからやっと本格的に動き出すときに

 離れることになるのは

 後ろ髪が引かれる思いですし

 取材先の方に「それはそれは、おめでとうございます」

 と言われても

 共にこの問題を追えない寂しさにどうしても

 襲われてしまいます。

  

 

 

 そして復帰後

 いまとまったく同じような仕事の仕方はできない。

 そのときにどうしていくのか? 

 という辺りも、くすぶっている。

 

 

 また、ときに男性から無邪気に

 「20代なら職場で戻る場所も

 いろいろあるだろうけど

 30代で出産だと戻ってから難しいね

 などと言われてしまうと

 

 

 「20代でまだ一人前にもなっていないのに

 いま出産、子育てとブランクができてしまうと

 戻って使いモノになるのか??」

 という思いで働いてきた、あるいは

 働いている女子たちから刺されますよ?

 と思いつつ

 

 

 

 「はあ。まあ、30代で産んで仕事されている

 先輩方もたくさんいらっしゃいますので・・」

 などと幼稚園児の

 「みんな持っているからあのオモチャが欲しい」

 ぐらいの説得力のない受け答えしか

 できない自分をふがいなく情けなく

 思ったりしたものでした。

 

 

 

 

 そんな中も

 赤ちゃんはすくすくお腹で育ち

 めでたい嬉しいありがたいはずの時期に

 この「自分のことばっかり」にとらわれる

 じぶんの小ささにもびっくりです。

  

 

 

 こうした話を同じく

 同年代の産休中の友人と話すと

 「わかるわかる!同じ気持ちになった!」となり

 すでに子育て中の知人と話すと

 「そんな日々もあったわね、ふふふふ」となる。

 すでに子育て終えていたり

 むしろお子さんのいない女性からは

 「そんなの気にしてたら何にもできないじゃない」と

 しごくまっとうなことを言われて

 「そうですよね。なんで私、こんなに

 イジイジしているのでしょう」と、はっとしたりする。

 

 

 

 

 そんな中、考えるのが

 妊娠しても、していなくても

 生涯、子供をもつことがなかったにしても

 女性は産む性であるという点から

 良くも悪くも切り離せない、という点です。 

 その辺を

 無視するのではなく

 受け入れた上で、

 おおらかに生きていくことはできないものか・・・。

 

 

 

 

 

 そんなぐるぐるしていた日々が

 何とな~く吹っ切れたのには

 いくつかのきっかけがありました。

 

 

 

 ※あまりに長いので続く。

 

 

 

 

 

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車内優先席問題。

2011/10/08 14:10

 

  

 すがすがしい秋晴れ。

 きょうから3連休の方も

 お仕事の方も、秋の心地よさを

 満喫されてくださいね。

 

 昨夜はお世話になった企業の方と

 会社の先輩とお久しぶりメンバーでの会食でした。

 お変わりなく元気そうなのも

 とはいえ公私共にそれぞれ

 前に進まれているのも

 感慨深くて良いものです。

 

 6カ月までと比較的長く

 続いたつわりの頃は仕事の後に

 体力・気力のかけらも残っていなくて

 外食なんんてとても無理でした。

 こちらもひとつの前進かもしれません。

 

 ◇ 

 

 ところで、妊婦になって

 初めて気づくことは

 いろいろあるのですが

 都心の通勤事情はその筆頭にあげられましょう。

  

 わたしが

 「ほほう、こうなっとるのか」

 と思いましたことの一つが

 車中優先席問題ですね。

 

 妊娠しますと、こういうものが

 東京メトロや産科などで入手できます。

 ↓

 

  ※かばんにつけるのですね。

 

 元気いっぱいアラサー女子として

 生きていた私ですが

 妊娠初期の猛烈な気持ち悪さに遭遇し

 「す、座りたい」という欲求が強烈に芽生えた。

 ところが、もっとも吐き気と頭痛に

 襲われている妊娠初期は、

 見た目フツーの人なんですね。

 まったくもって。

 

 そこで、そういう時期のために

 このマタニティマークが

 存在するわけですが

 これが、ちょっと何というか私には

 心苦しいというか小っ恥ずかしいものがありました。

 このマークをつけて立っているのに

 誰も気づいてくれないときは

 それはそれで「頼む~譲って~」と

 思うわけですが

 「はっ!」と気づいて頂いて

 譲られたら譲られたで

 「ああ、なんかもうすみません。

 早く席空けろプレッシャー

 垂れ流してますよねわたし」

 という気持ちにもなる。

 

 これまで若い・元気・あまり照れない

 立ち位置で生きてきたため

 電車の席は主に譲る側だった私は

 譲られる側になることが

 なんというか申し訳のない気がしてしまうのでした。

 

 そこで、優先席です。

 お年寄りや体の不自由な方

 妊娠中の方などには

 (とりわけここでは)

 席をお譲りください~とアナウンスされている

 あの座席のことですね。

 いわば、ここでなら譲ってもらっても

 気兼ねないんでない?という場所。

 

 お疲れ乗客の間で

 普通席争奪戦の倍率を上げたり

 席を譲ってもらえても

 もらえなくても

 ヤキモキしてしまうよりは

 つべこべ言わずに優先席に向かうようになりました。

 

 ただ、優先席って空いていれば

 誰が座っても構わないものでもあって

 けっこう、通勤客のみなさんが

 びっしり座っています。

 そして、優先席付近でお年寄りや障害のある方、

 子連れママ・妊婦が立っていても

 とくだん譲らないひとが案外、

 少なくないということを改めて発見。

 

 ささっと気づいて譲っているのは

 男女問わず

 20~40代前半とみられる比較的若い層が多い。

 途中駅で下車してビニール袋に

 吐いたりしている頃に

 譲って頂けたりすると、

 ほんとうに親子ともども

 命救われた思いがしたものでした。

 ありがとうございました。

  

 そして譲っていただけそうな希望の薄いのが

 職場では管理職以上とみられる

 サラリーマン風おじさま層です。

 これは本当に不思議に思いましたね。

 あまりにも年齢性別・背広かどうかで

 ハッキリと分かれたからです。 

 もちろん、中年男性層にもスマートに席を譲る 

 ナイスガイな方もいらっしゃいます。

 でも、全体の傾向としては

 優先席のサラリーマン風中年男性は

 (初期妊婦のマタニティマークなら

 見えてない可能性もありますが)

 ご老人を前にしても座ったままのひとが

 明らかに多い。

 

 なぜなのでしょう??

 仮説も考えてみました

 ①譲るのが照れくさい

 ②ものすごく疲れている

 ③見た目、元気そうだが実は体がとってもよわい。

 ④見た目、中年男性だが実は高齢者だった。

 

 

 ところで、ここ優先席でも

 「しかし妊婦は病人ではない」という 

 気持ちがムクムクと私には

 あってですね、

 自分が座っているところに

 乗車してきたお年寄りが立っていたりすると

 「ああ!どうしよう」と思ってしまいます。

 とくに帰りはぐったりムカムカしているので

 座れたときはそのまま座っていたい。

 優先席にたまたま座っているとみられる

 隣の文庫本読んでいるおじさまや

 スマホ見ている若者に気づいてほしい!

 と思うけど、さすがにそこまで言うわけにもいかない・・・。

 会社員風の女性がさっと立ったのを見て

 「心からありがとう」と

 胸のうちでつぶやいたりしてしまうのでした。

 

 ◇

 

 もうこういうアレコレに

 ヤキモキするのがイヤ

 いっそ、マタニティマークを

 とってしまおうかと思い 

 とってしまったこともあるのですが

 そのうち、半端なく体調が悪くなり

 医師からは

 「安静にしないと大変なことになります」

 指示が出てしまいました。

 やっぱり、マタニティマーク問題を

 毎朝、毎晩、噛みしめながら

 妊娠初期~中期を過ごしたのでした。

 

 

 ※いまは、さすがに

 マタニティマークのお世話にならなくとも  

 お腹が目立つようになりました。

 ところがこの時期はもうつわりは

 だいたい終わり。 

 むしろ元気です。

 お腹は大きくなったが

 立ってても平気という微妙な状況に

 なってしまいました。

  

 

 

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妊婦とおしごと。

2011/10/06 11:32

 

 

  

  新しい月が始まりましたね!

 湿度の低いひんやりした空気も

 穏やかな陽射しも

 早い夕暮れもすっかり秋。

 ブーツやストール姿の

 秋仕様の道行く女子を見かけると

 さらに気分は盛り上がります。

 

  

  

 今朝はスティーブ・ジョブズ氏死去のニュースが

 飛び込んできましたね。

 IT業界は担当したことがありませんが

 留学先でマッキントッシュを使ったときの

 あのファンシーさ

 iPodのシャッフル機能の小気味よさ。

 「かわいい」米国製品もあるのだなと

 思ったものです。

 

 担当してます霞ヶ関でも

 エネルギー政策やTPPなど

 世論を割るような議論が本格化する秋。

 今月、祈ることはどうか

 大きな災害や事故が起きませんように。

 

 

 ◇

 

 まったくもって突然ですが、

 まもなく8ヶ月の妊婦です。

 まあ、きっついつわり期が終わり

 どんどんせり出していくお腹を抱えつつ

 なんとかかんとか暮らしています。

 

 このブログはそもそも「記者ブログ」で

 超私的なことを 書くべきかどうか

 迷うところもあったのですが

 (読者層も、こうしたニーズではないと思われる・・・)

 まあ、仕事と妊婦生活は切っても

 切れない関係にありますので

 ざっと触れさせて頂きたいと思います。

 

 東日本大震災後

 想像を絶する東北の被害を目にし

 先行きの見えない原発事故取材と

 なんとも結論の出せない放射能不安で

 毎日、不安定&一種ハイな日々に

 体の変調が発覚したのでした。

 もちろん、嬉しいものではありますが

 「ええっ!今ですか?

 本当に今ですか!」

 という驚きが勝っていました。

 

 よりにもよって

 ホウレンソウやら水道水やら

 基準値超える放射能が

 検出されるニッポン(当時)

 にやってきますのか、と。

 

 ただ、大震災と津波で

 多くの、本当に多くのひとが亡くなり

 たくさんの日常が破壊され

 想像もつかない原発被害が起こり

 そして地震はまたいつ来ても

 おかしくないと思い知った。

 やがて、今だからか・・と

 考えるようになりました。

 仕事的にはもっと余裕のあるときも

 あった気がするのですが

 (気がするだけかもしれませんが)

 命の誕生というのは、

 自分の進路や趣味を選ぶようには

 選べないものであるよ、と

 つくづく思いました。

 ええ、当たり前なのですが。。

 

 ◇

  

 しかし、この数ヶ月というもの

 へなちょこな私

 ただ普通に暮らすことに

 必死という感じでありました。

 毎日、起きて仕事に行って

 飲みにいって週末がきて

 月曜日になればまた仕事に行って・・・というのは

 実は、けっこうな労力

 それができてるだけでみなさん、えらい!

 と、私は言いたい。

 もちろん、病気ではないのですが

 身重になってみると

 そんな日常の営みは

 元気なひとの特権であったのだ、と

 知ったのでした。

 

 つわりは個人差がありますよ。

 わたしの場合は入院するような

 最悪レベルではありませんが

 それなりのものがありました。

 まず、毎日二日酔い

 あるいは車酔い状態で

 ムカムカムカムカムカムカムカムカしています。

 いろんな食べものが信じられないぐらい受け付けない。

 なのに空腹がマックスで気持ち悪くて耐えられない。

 

 その上、いつも発熱時のようにだるい眠いアタマが痛い

 ひたすら疲れる、気持ち悪い。

 この仕事は「出待ち」とか「ぶら下がり」とか

 やたら立って待っていることが多いのですが

 これがまあ、どうもお腹の子は

 キライらしいのです。

 なるべく早く帰宅しようと思うものの

 そうも行かない日もあるわけで 

 家につくと、まあ息も絶え絶えなワケですよ。

 

 「仕事はほどほどに!」と

 厳しく厳しく病院で言われたとしても

 やっぱり一人前にお給料もらっている以上は

 そんなにザクザク帰れませんわ。  

 と、ぼやきながら

 でも、相当、周囲の方には甘えさせて頂きました。

 根性なしのわたしに

 本当に優しい心遣い

 温かな言葉をいろんな方に頂き

 この場を借りて、御礼申し上げます。

 本当に本当に、ありがとうございました。

 (※今は安定期、おかげさまで

 比較的元気であります)

 

 そのうち産休にも入りますし

 「はて。その後は、

 どうやって子育てと仕事と 

 両立させるのか??」 

 と、いまだよく分かりません。

 いやもう、本当に分かりませんね。

 

 ただ、せっかくこういう仕事なので

 自分を実験台に、自分自身と

 家族と周囲、社会が

 どう関わっていくのかを

 観察してみようと思う次第です。

 

 それらが何らかのかたちで

 仕事にも反映できる日がくればよいなと

 思うのですが、まあどうなることやら。

 

 

 プライベートなお話を

 書かせていただきましたが

 お付き合い頂き、ありがとうございました。

  

 

 ※というわけで、つづく。

 

 

 

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丸ノ内線、化粧事情。

2011/09/16 17:19

 

 

 大臣が新しくなると

 関係団体への挨拶回りの日々が始まります。

 経産相の場合は

 経団連や商工会議所や

 といった経済団体との

 会合が目白押しです。

 

 昼間は昼間で

  国会や会議や会談が入っているため

 早朝7時ですとか8時ですとかに出席者は集合。

 報道には冒頭の挨拶程度しか公開されませんが

 終了後にはたいてい「ぶら下がり」といって囲み取材が

 できるため、この時期は

 私たちも早朝取材が相次ぎます。

 一年前に経産省にきてから

 5人目の経産大臣となるため

 こうしたサイクルはかれこれ4周回目です。

 

 地下鉄丸ノ内線で

 低血圧にぼーっとしながら

 日経を読んでいると(←もっとも抜かれている

 可能性が高いため)

 乗り合わせるのはたいてい

 通勤男女です。 

 比較的(あくまで比較的)すいている

 早朝の車内で

 しばしば見かけるのがお馴染みの

 「電車で化粧する女子」ですね。

 

 今週も臨席の会社員風

 20代女性が 

 アイメークを中心に

 ビューラー(まつ毛を反り返らせる)→

 アイライン(色鉛筆状)→アイシャドウ→マスカラ

 →またビューラー・・・といったフルコースを

 始めたのですが

 (ちなみにもともとメーク済み)

 「おおっ」と思ったのは

 マッチ棒5本くらいは乗りそうなつけまつ毛

 にもマスカラをすることと

 やおらバッグから薄い櫛を取り出すと

 そのこってりつけまつ毛を、

 といたことです。

 

 こうした「電車で化粧」は

 古くは新聞の投書欄はじめ

 各方面で「けしからん」と評判が悪いのは 

 広く知られることですが

 堂々と化粧する女子を

 わたしはちょっと興味深く見てしまいます。

 

 それは、他人のお化粧というのは

 女性同士でもあまりじっと見るのは

 「ルール違反」のような気持ちもあり

 そもそも「舞台裏」であって

 そんなに人前にさらすモノでもないので

 ゆっくり見つめる機会はあまりない。

 

 しかしそれを公共の場である

 電車でされると、そこはもう

 「見られてナンボ」という強気さえ感じられて

 なんとなく、目をやってしまうのですね。

 

 そこで

 「なぜ電車内の化粧は不評か」と

 ぼんやり考えてみると

 (この時点で日経はもうアタマに入らない)

 やっぱり

 「きれいなお化粧の手の内を 

 見せられると興ざめ」というのもありますが

 なんとなく

 あの、「自分の世界。周囲は無視」という

 傍若無人ぶりによるものが大きいような。

 電車内の携帯電話通話と

 相通じるものがあり 

 周囲のひとへ即座に

 迷惑をかけるということはないけれど

 なんとなく周囲は「無視されている」

 不快感をうっすら覚えてしまうのかもしれません。

 

 個人的には

 昨今のお化粧事情を垣間見ることが

 できるという興味深さもありますが

 やっぱり思うのは

 「車内で化粧する女子に

 別嬪はいない」

 ということです。

  

 男性に美形はまったく求めない私ですが

 綺麗な女性や可愛い女子は大好きです。

 (※美は女性のモノと思っているため)

 

 その目線からいくと

 「おおっ」と思う美人さんは

 「化粧?そんなものは 

  朝、家を出る前5分です、時間なくて~」とか

 「素顔の方がいいと言われるんです」

 というような顔をして

 実はしっかり日焼けや肌のお手入れを

 自宅でやっている・・という

 上級者ばかり。

   

 人前でがっつり

 アイメークフルコース

 やってしまう女子を見ると

 「あらあら」と思いながらも

 どこか憎めないのは、

 ある意味、戦略もなく無邪気だから

 かもしれません。

 

 でもやはり、

 同性としても女性には

 水面下では必死にバタ足をしていても 

 水上では優雅な白鳥~

 的であってほしいような気もするのでした。

 

 9月末は連休が多いですね。

 この間に、いっきに秋になりそう。 

 みなさま、よい週末を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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